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【土・日曜日に書く】論説委員・福島敏雄 「龍馬」ブームを考える(産経新聞)

 ≪空前の観光客ラッシュ≫

 風雲児という、カッコがいいコトバがある。最近ではIT業界や兜町の風雲児などと称する人物が登場したりするが、たいていは惨(みじ)めに落魄(らくはく)するケースが多い。政界の風雲児というのも、あまり聞いたことはない。せいぜい、効き目のなさそうな「接着剤」が登場したりする程度である。

 だが歴史を繙(ひもと)くと、これぞ風雲児という傑物は多い。日本史でみると、古代でいえばヤマトタケル、鎌倉期の源義経、戦国期の織田信長などがあげられる。

 「風雲」とは辞書的にいえば、龍が風と雲とを得て天に昇る好機といった意味である。「風雲急を告げる」という慣用コトバがあるように、そんなときに登場するのが風雲児である。

 となれば、日本史上、もっとも風雲児と呼ばれるのにふさわしい男は、坂本龍馬ということになる。なにしろ、名前にも「龍」の文字がある。

 NHKの大河ドラマ『龍馬伝』の放映をキッカケに、すさまじい龍馬ブームが起きている。大型書籍店に行くと、文字通り汗牛充棟といった感じで龍馬の関連本や雑誌が積まれている。龍馬が足跡を残した地域や建物は、どこも観光客ラッシュである。

 縁あって、その龍馬の軌跡を追っているが、なぜいま、龍馬なのかと、ときたま考えこんでしまった。

 ≪あまりにも忙しすぎた≫

 1990年代は「失われた10年」と呼ばれたが、いまや2000年代以降も含め、「失われた20年」と合算されるようになった。この20年間、日本という国は経済も政治も社会も閉塞(へいそく)しきっていた。ほとんど慣性の法則によって、これからも閉塞は続くだろう。

 そんな中で、龍馬は風と雲の間から、閉塞感を吹き飛ばしながら落ちてくる一閃(いっせん)の光芒(こうぼう)のような存在であった。志士にありがちな夜郎自大なところもない。自らの立場をよくわきまえ、つねに周囲に気を使い続けた。たとえば、実姉ら土佐の家郷に宛(あ)てた手紙には、

 「けしてけしてつけあがりハせず(略)、どろ(泥)の中のすゞめがい(貝)のよふに、常につち(土)をはな(鼻)のさき(先)ゑつけ、すな(砂)をあたま(頭)へかぶりおり申候。御安心なされかし」

 と書かれている。作家の安岡章太郎氏が、龍馬はまれにみる名文家だと指摘したが、比喩(ひゆ)の使い方などもユーモアにあふれている。

 脱藩の志士は、いわば無国籍者である。いくら頑張っても薩摩や長州の大藩のように、自らリーダーとなって維新を成就させることはできない。

 龍馬は今ふうに言えば、革命家だが、あくまでも脇役に徹した。そのかわり天才的な直観力で天下の情勢を見抜き、薩摩と長州をコーディネートさせ、土佐の藩論を「船中八策」でまとめさせた。

 龍馬は「予言者」のように、先を見通した。大政奉還までの道筋を読み取り、新政府の人事図を描き、経済・金融政策の方向性も示した。

 予言者に求められるのは、徹底した「無私」の精神である。決して「つけあがりはせず」、自らの利得に走ったりはしない。では「無私」とは何か。文芸評論家の小林秀雄は「無私の精神」というエッセーで次のように書いた。

 「有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。物の動きに順じて自己を日に新たにするとは一種の無私である」

 ほとんど、龍馬像そのものである。だがその早い晩年、龍馬はあまりにも忙しすぎた。

 ≪悲劇性が魅力≫

 自らがチャーターした蒸気船の衝突、転覆事故による相手方との後始末に追われ、解決したと思ったら英国人殺害事件に部下が関与したとの疑惑の解消に奔走させられた。

 慶応3(1867)年の10月の時点になると、龍馬発案の大政奉還という土佐藩の「無血革命」論は「古い解釈」になってしまっていた。薩長による武力倒幕がアタマを持ちあげ、主流化しつつあった。龍馬は「すゞめ貝」のアタマの砂が、はげおちていたのに気がつかなかった。

 土佐出身で自由民権運動のリーダーとなった板垣退助は、明治まで龍馬が生きていたら、「大阪を作った男」といわれる薩摩の五代友厚か、三菱の創始者、岩崎弥太郎のような経済人になったのではないかと予想した。

 だがヤマトタケルも義経も信長もそうであったように、風雲児とは「横死」を宿命づけられた存在である。「明るさ」とともに、その悲劇性が龍馬の魅力のひとつでもあった。(ふくしま としお)

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ポスト鳩山に菅氏浮上、小沢氏の意向焦点に(読売新聞)

 鳩山首相(民主党代表)が2日に退陣表明したことを受け、民主党は直ちに後継を選ぶ代表選の準備に入る。

 後継代表には、菅副総理・財務相らの名が取りざたされている。党内では小沢幹事長を支持する「小沢グループ」が最大勢力だけに、後継代表選びでは、小沢氏が誰を支援するかがカギとなりそうだ。後継には菅氏のほか、前原国土交通相、岡田外相、原口総務相、仙谷国家戦略相らの名前が挙がっている。

 後継代表に菅氏を推す声が出ているのは、1996年の旧民主党結党時に鳩山首相とともに代表に就いて以来、首相との「2枚看板」で党を引っ張ってきたリーダーで、「副総理という立場上、最もスムーズに政権を継承できる」(政府関係者)と見られているためだ。

 その一方で、政権交代後に務めた国家戦略相、財務相として目立った実績に乏しいとの指摘のほか、一部には「副総理として鳩山首相を支えきれなかった」という批判もあり、「菅首相」には異論も出ている。

 前原氏は、世論調査の「次の首相にしたい政治家」の質問で上位に入ることが多い。小沢氏と距離を置く姿勢や歯に衣(きぬ)着せぬ発言が、党内の「反小沢」「非小沢」の議員を中心に高く評価されている。

 ただ、党代表を務めていた2006年に「偽メール問題」で対応を誤り、引責辞任したほか、国土交通相としても、群馬県の八ッ場ダム建設の中止を一方的に宣言して混乱を招くなど、政治手法には疑問の声もある。また、沖縄相として、沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題で政府が迷走した責任を問う声も出ている。

 岡田氏も党代表経験者で、堅実でまじめな人柄には定評がある。党内でも「カネを巡る不祥事で鳩山首相がつまずいた後だけに、クリーンなイメージのある岡田氏が適任」との声がある。

 しかし、前原氏と同様、普天間問題で日米の信頼関係を揺るがしたことから、その責任を追及する向きもある。

 原口氏はテレビ出演などで知名度が高く、「選挙の顔」として期待する声が一部にある。仙谷氏はベテランとしての豊かな政治経験を評価する声が出ている。

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